北陸新幹線長野新幹線車両センターが洪水で冠水したのは「偶然」か「必然」かという観点で、ハザードマップを見ながら考えてみました。
北陸新幹線の車両センターがある場所のハザードマップ
北陸新幹線が開業するにあたり、その車両センターを新規に作ることになるのですが、それぞれの車両センターは水害に対してどのように考えられているのかを、自治体が発行しているハザードマップを参照しながら確認してみます。
順番的には東京寄りから順にと書きたいのですが、長野新幹線車両センターは最後にします。
東京新幹線車両センター
最初は東京新幹線車両センターから。ここは北陸新幹線ということではなく、東北・上越新幹線の車両基地として整備されたところです。この東京新幹線車両センターには近隣に隅田川と大宮側には洪水を起こす音無川があります。まずはハザードマップを見てみましょう。
この図を見るとわかるのですが、東京新幹線車両センターの留置線はほとんどが洪水の影響を受けない場所になっています。一部 0.5m の色になっているのですが、国鉄時代にここに新幹線の車両基地を作る際に盛土をして留置線を整備しているのでそこだけへこんでいることはないので、まずすべての留置線が最大浸水でも大丈夫なことがわかります。そして検修庫のある場所も同様なので、たとえ洪水が発生しても車両基地はしっかり守られることがわかりました。もちろん、本線は高架なので車両を本線上の大宮寄りに引き上げて守ることも可能ですね。(東京側はトンネルなので水没の恐れありですが、多分・・・止水扉はあるのではないかなと思っています。いつも通っていたのですが気づかなかったのですが・・・)
白山総合車両所
北陸新幹線金沢開業の際に整備された、JR西日本の新幹線車両基地です。金沢から福井側の白山市の松任駅と笠間駅の間にあります。近隣には大きな川も無く、海からは直線距離で 2.5 Km 離れています。
こちらもつい最近まで公開されていたハザードマップでは、浸水しないエリアになっていました。そして最新のマップでは白山総合車両所は 0.5m未満~3.0mに修正されていますが、白山総合車両所は建設時に一番低いところは 10m 位の盛土をしているため、ハザードマップの浸水深をゆうに超えています。そのため水没することはありません。もちろん本線は高架です。
敦賀総合車両所
現在工事中の敦賀開業に向けて、敦賀総合車両所の工事も始まっています。場所はこのあたりで、木の芽川から直線距離で 200m、笙の川からは 400m しか離れていません。
しかし、このハザードマップを見るとわかるのですが、白い浸水しない部分とその先の国道 27号を超えた先の0.5m未満の黄色、そしてその先の0.5m~3.0m未満の場所に車両基地が作られ、その3.0m未満の北側は 18m の盛土、白い部分では 3mの盛土をするため、白山総合車両所と同様に実質水没することはありません。これは多分 JR西日本は国鉄時代の東海道新幹線の鳥飼車両基地の水没を知っているので、安全側を取ってこのように工事しているのだと思います。特にここ敦賀総合車両所については、今回の長野新幹線車両センターの水没を知る前に盛土で工事を始めているので、そういう面では安全と車両及び設備の保護ということをしっかり考えているのだと思いました。
長野新幹線車両センター
最後に長野新幹線車両センターです。長野新幹線車両センターがある場所は「長野市赤沼」という場所で、そもそもが周辺より低い場所でした。
ハザードマップを見ても真っ赤ですね。この色、実は10m~20m未満の色です。上のほうにちょっとオレンジのところありますが、ここでさえ 5m~10未満の場所であり、洪水が発生したら確実に水没する場所です。そして、赤い〇がいっぱいならんでいるところは氾濫流による家屋倒壊等が発生する場所を示していて、車両センターの臨修庫や車体洗浄機がその場所にかかっています。
そうはいってもこのハザードマップは万が一洪水になった際の予測だよね?だから今回の洪水による水害は想定外・・・・と言ってしまうのは大きな間違いで、実は長野新幹線車両センターの入り口の近くにこんなものがあります。写真を撮り忘れているので Google ストリートビューの画面キャプチャをリンクとともに載せました。
この写真は工事中のもののようで高架も完成していなくて、かつ奥の建物は長野新幹線車両センターの建物なのですが、ピカピカです。そしてそのわきに立つ「洪水痕跡水位標」そもそもここではこれだけの水位の洪水が起きているということ、わかっていたはずなんですね。
参考:他の洪水痕跡水位標(国土交通省千曲川河川事務所 千曲川情報館より)
今回の台風 19号の洪水では、この洪水痕跡水位標にも流されてきたものが引っかかっていました。ちなみに、この洪水痕跡水位標の洪水深は上からこのように表示されています。
- 寛保2年 (1742) 8月 2日 5.3m 千曲川計画高水位
- 明治29年 (1896) 7月 21日 3.7m
- 明治元年 (1868)5月 23日 3.2m
- 弘化4年 (1847)4月 12日 3.2m
- 明治43年 (1910) 8月 11日 2.7m
- 明治44年 (1911)8月 5日 2.4m
そしてこの洪水痕跡水位標自体は千曲川の氾濫に対してのなので、今回のように浅川の内水氾濫からのスタートによる洪水の記録ではありません。ただ、この場所は元々浅川が氾濫した際の他の場所に被害を及ぼさないようにするための遊水地扱いの土地で、そのために住居は一切なくて全て畑になっているわけです。どちらにしても水が溢れれば浸かる地域だというのがわかります。そもそもが洪水に対して脆弱な所に、「洪水対策しているから大丈夫だろう」と考えて新幹線の車両基地を作ってしまったということですね。JR東日本の人が「なぜこうなったのかわからない。想定外だ。」といっていましたが、そもそも工事の前の地元への説明会の時に、鉄建公団が「浅川上流にダムを造れば洪水は防げるから、この遊水地は不要です。」と話したということなので、洪水で浸水する前提の土地に盛土の高さも足りない状態の車両基地を建設したというのが、今回の長野新幹線車両センター水没の根本原因だと感じます。
このあたりのことは、地元紙の信濃毎日新聞でも書かれていますので、併せてみていただければと思います。
対策実らず新幹線浸水 車両センター過去にも氾濫の地|台風19号 長野県内 豪雨災害|信濃毎日新聞
また、千曲川河川事務所の氾濫シミュレーションは、実際にどのくらいの水位になるかがすぐわかります。偶然にも先の洪水痕跡水位標の場所のもありましたので、台風19号の時どうだったのかイメージつくと思います。赤沼洪水水位標(長野市赤沼)をクリックするとこの場所が出ます。
長野新幹線車両センターの盛土は
この長野新幹線車両センターを作る際に盛土をしなかったのかというとそうではなく、こちらのパシフィックコンサルタンツのサイトの記事「北陸新幹線プロジェクト」の中に、盛土のことが書かれていました。
この中で盛土するにあたり軟弱地盤を克服するために、盛土して沈下する 1mを想定して 5mの盛土をしたとの記述があります。そうなると、沈下 1m を差し引いて実際の長野新幹線車両センターの盛土高は 4m程度。上の洪水痕跡水位標で言うと千曲川計画高水位以下の盛土になっていたいうことがわかります。でも、それでは先の長野市洪水ハザードマップの 10m~20m未満まで達していません。その結果、今回の浅川内水氾濫及び千曲川堤防決壊で長野新幹線車両センターは水没することになったわけです。
先の信濃毎日新聞の記事では『機構は、そうした土地への建設に当たり、82年に県が作成した浸水被害実績図を参考に盛り土をしたと説明。同年以前の水害で最深の浸水よりも90センチ高くなるようにしたという。』となっていますが、このパシフィックコンサルタンツの記事と併せてみる限り、盛土の高さはの計画はそもそもが地盤沈下の分を含める前の高さで行っていて、そして実際の工事はそれをそのまま適用したのでは?というような風に見えてしまいます。地盤沈下が 1m発生するのであれば、90cm の追加でも足りなくなるというのは容易にわかるのではないかなと感じました。そういうことを想定して JR西日本の新幹線車両所は盛り土の高さはそれよりもかなり大きく、3m以上想定浸水深より盛っているんだと思います。
結局のところ災害に対する事業継続という視点では、JR東日本は他の最近発生している事故や災害でもそうなのですが、そういうイレギュラーは発生しないという前提で何事もやっているように思います。だから事故や災害が発生すると復旧まで時間がかかり、そして「想定外」のような発表をして、慌ててそこから対策をする。でも、コストかかるからしっかりとした対策せずにまた同じようなことを起こす。JR東日本の施策を見ているとそんなように感じます。
千曲川の堤防決壊しなかったら水没しなかったか?
今回は最終的に千曲川の堤防決壊によって大量の水が来たため、それまでの洪水分に加えた量の水で長野新幹線車両センターは水没してしまいましたが、先日の 7月8日の大雨でも長野新幹線車両センター近隣の用水路が溢れ、周辺道路が浸水しています。(7月8日長野新幹線車両センターの状況参照)この内水氾濫の危険性はこの車両基地の周りに多くの用水路があるということとすぐそばに浅川があるということ、そして千曲川との合流点近くで千曲川の水位が上がると水門が閉じられてポンプによる千曲川への排水が必要になるということなど、洪水になる要素がとても多いところです。そして、今回の台風 19号ではまさに上に書いた通りのストーリー、千曲川の水位が上がり浅川と千曲川の合流点の水門を閉じ浅川排水機場のポンプで千曲川に排水していたけれど、それでも千曲川の水位が上がり続けてポンプでの排水を停止、その影響で浅川も急激に水位が上がり内水氾濫が発生したということのようです。そして、長野新幹線車両センターのすぐ脇にこんな場所があります。
用水路、河川 2本が同じところに集まって浅川下流に行く。普通に考えても合流場所で水同士がぶつかって流れが悪くならないかなぁと心配になる場所です。パノラマ写真で撮影するとこんな感じです。(写真の橋の欄干はまっすぐですが、パノラマなので大きく折れているように見えます。)
右の三念沢と真ん中の浅川の堤防が壊れていて、浅川の堤防は直されましたが三念沢の方はまだ工事中です。このように洪水で浸水しそうなところに、洪水が発生している洪水痕跡水位標よりも千曲川計画高水位よりも低い盛土しかせずということでは、洪水時には被害が出るのは当たり前ということですね。なので、今回の 10本もの E7 / W7 の水没は想定外ではなく、鳥飼車両基地のように洪水前の車両移動をしなかったからということだけではなく、そもそも洪水に対する対策が不足していたということだと感じました。
あと、具体的な場所は調べがついていないのですが、川中島側にも車両基地を検討していたということも聞いており、ざっくりですが川中島の洪水ハザードマップも見てみます。
見てわかる通り、川中島近辺の住宅地以外はりんごかももの畑になっています。また、川中島駅近隣は貨物取扱設備が、今井駅あたりから篠ノ井駅も同様に貨物の取り扱い設備があり、新幹線の線路脇またはそこから離れても基地を作るスペースはあるようです。そして、すべての場所が 3m 以下の浸水深です。土地の買収価格は別として、土地の上に今の長野新幹線車両センターと同じものを盛土高さも同じにして造っていれば、たとえ洪水になっても浸水することはなかったでしょう。「たられば」の話になるので今となっては意味ないことですが、何故ここから赤沼になったのか、そのあたりが知りたいところです。
この後の長野新幹線車両センターは
これだけの被害を出していながら洪水対策として出てきたのは、
- 電気と信号の設備の嵩上げ
- 検修庫などの建物の止水扉取り付け
- 洪水が予測される場合は事前にダイヤを挿入し、人を手配して、高架線上に避難させることを考える
ということでしたが、最後に
- それでもダイヤや人の手配が間に合わない場合は、安全面を優先してそのままにして避難する
なので、最終的にはまた水没する可能性が残るということのようです。少なくとも留置線を嵩上げすることで車両を守ることができるはずですが、そうすることは考えていないのが残念な所です。詳細は以下の資料の「別添2」を見ると詳細が書かれています。
新幹線における車両及び重要施設に関する浸水対策について(とりまとめ)
こういう面も、実際には JR東日本は東北新幹線小山留置線が水没しそうになった時に高架線上に留置車両を避難させた実績があるのにもかかわらず今回の台風 19号でその経験を生かせていないたかったというのに、この新しい対策でも最優先になっていないということが不思議に思えます。日本の鉄道会社では入社とともに伝えられる「運転安全規範」
- 安全は輸送業務の最大の使命である。
- 安全の確保は規程の遵守及び執務の厳正から始まり不断の修練によって築き上げられる。
- 確認の励行と連絡の徹底は安全の確保に最も大切である。
- 安全の確保のためには職責をこえて一致協力しなければならない。
- 疑わしい時は手落ちなく考えて最も安全と認められるみちを採らなければならない。
を現場は別として、管理部門は忘れてしまっているのではないかなと感じました。
どちらにしても、地球の温暖化の影響かもしれませんが自然災害は増加傾向にあり、そして雨も昔に比べて強く大量に降るようになってきました。まるで地球の緯度の気候ベルトが北上していて、本来海に落ちていた雨の帯が日本上に来ているのかなぁと感じたりもしています。そして、これだけ大量の雨が降るようになってしまったのだから、洪水対策も今までの 100年に 1回が毎年のように起こるようになっているものが普通の対策になって、もっと降るときの対策を別途考えなければならない時になってきているのかもしれません。残念ながら。
まとめ
色々と調べていた結果として、 今回の北陸新幹線長野新幹線車両センターが洪水で冠水したのは偶然か必然かという点、少なくとも「偶然」ではなくて予測可能な「必然」であって、地元の人でも知っていてそれに対していくらでも情報が入手できる状態だったのに、それに対し「想定外」では無く災害に対し「甘く見積もった」結果こうなったんだと思います。
ちなみに、長野新幹線車両センターに行くアプローチ部分あたりから 600m位の所にある三才神社は浸水の深さ 5m~10m未満の長野新幹線車両センターと同じような状況になるとハザードマップではされているのですが、相当嵩上げされていて実際には今回も水没していません。
この写真の左手に新幹線の高架があり、左手前に長野新幹線車両センターがあります。場所はこのあたりです。
写真に見える住宅地は 2m~3m下がるので、場合によっては水没するかもしれませんが、今回の台風 19号では水没しませんでした。ハザードマップではこの場所です。(緑〇を付けました。)
ここまで水害関係でいろいろ示されているものがあったのもかかわらず・・・・・というのが、今回の調査で感じたことです。
何事もしっかりと考えることが重要で、「自分の所は大丈夫」ではなくて、備えあれば患いなしということですね。
追記
今回の令和元年東日本台風(台風第 19 号)による浸水被害を受けて、長野県の浅川総合内水対策計画で令和2年度から令和6年度までの5年間で浅川の治水対策が行われています。詳細は以下の資料を参照ください。
この資料の 31ページに対策後の結果が出ています。ここには『本計画に位置付ける、排水機場の増設(7 m3/s)、堤防嵩上げ、二線堤の整備を行った場合、「令和元年東日本台風(台風第 19 号)」においても、宅地部での床上浸水被害は発生しない。』となっており、宅地の部分の浸水の色はなくなっていますが、長野新幹線車両センターの部分は 1m~2m となっており、長野新幹線車両センターの周辺は用水路と貯水池だらけなので、7月8日の浸水と同じように浅川ではなくて用水路からの内水氾濫の影響は受けるんだなぁと見ていました。なので、やはり JR東日本自身で車両を守るように施設を改良しなければならないかなと感じます。
また、東京大学工学系研究科社会基盤学専攻 交通・都市・国土学研究室で調査した資料でも、スライド5と6でわかりやすくまとめられており、この資料でも繰り返し洪水が発生している場所だと指摘されています。つまり、事前に調べれば洪水対策をしっかり行う必要のある場所だったということが、だれでもわかるわけですね。